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春!佐賀城内の桜が満開です。 [故郷(佐賀)を歩く]

 多布施川は護国神社より東に向かい県県本部より北濠を越えて城内に流れます。
■北濠の桜
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■母校旧正門周囲の桜
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■西御門橋より南、西濠の桜
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■南濠の桜
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 ☆南濠の周囲には、(古賀忠雄 彫刻の森:平成6年3月開園)古賀氏の代表的な作品の野外展示が26体あります。桜並木と共に数点ご紹介します。
・「頬杖をつく」昭和49年(1974年)
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・「沼の幻想」昭和43年(1968年)
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・「想い」昭和43年(1968年)
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・「語らい」昭和42年(1967年)
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 ・「青雲」昭和38年(1963年)
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 南濠 楠に桜に蓮
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 ■枝吉神陽・副島種臣、兄弟の生誕地 南濠の遊歩道に沿った堀端南通りに佐賀県社会福祉会館があります。ここは、文化年間・佐賀御城下絵図には「枝吉 栄」と記され偉人の誕生地です。
 枝吉神陽は弘道館教授・枝吉南濠種彰の長男にて身長は180㎝の大男、のちに弘道館教授。父の勤王思想を受け継ぎ「義祭同盟」を主宰、政治体制は律令制が理想しその知識を伝授、実弟の副島種臣、従弟の島義勇、大木喬任、大隈重信、江藤新平などに多大な影響を与えています。23歳の時昌平黌に学び、昌平黌の舎長になるほどで、この時「一君論」を展開しています。水戸学の大家で徳川斉昭の側用人でもあった藤田東湖とも交流しています。また吉田松陰は長崎・平戸遊学の途中に佐賀で八歳年上の神陽と面談し「奇男子」と評しています。コレラに罹った妻の看病及び葬儀を出して罹患し、神陽が悲願とした大政奉還の5年前の文久2年(1862年)9月に41歳で亡くなっています。
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枝吉神陽・副島種臣、兄弟の生誕地 説明版.jpg
  ☆枝吉神陽・副島種臣の墓所は「高伝院」にあり、神陽の功績を伝える顕彰石碑があり、説明版もあります。
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神陽の功績を伝える顕彰石碑 銘文.jpg
 ■南濠の遊歩道には南濠の石垣が移築再現されています。
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 ・南濠より本丸御殿を望む
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 ・亀甲石垣より南濠の桜並木
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 ・南濠桜並木より赤松小学校正門
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 南濠の東端側より望む
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 ☆龍造寺隆信!生誕地 南濠の南、赤松小学校の東側は戦国期、水ケ江城がありました。水ケ江竜造寺氏の居城です。龍造寺隆信は享禄2年(1529年)水ケ江城東館天神屋敷で生まれています。7歳の時に宝琳院で出家しますが、天文15年(1546年)還俗して水ケ江家を継ぎ、天文17年には本家の村中龍造寺家も継ぎ、龍造寺家の当主となり、山城守隆信と称しました。天正年間には五州二島(壱岐・対馬)の太守と言われ龍造寺全盛を築きましたが、天正12年(1584年)3月、沖田畷の戦いで戦死を遂げています。
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 ・龍造寺隆信胞衣塚(えなづか):胎盤を納めた塚で、誕生碑の左後方にあります。
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 ☆島原市にある龍造寺隆信供養塔
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島原市にある龍造寺隆信供養塔 説明版.jpg
 ☆墓所は、藩祖鍋島直茂公が隆信の菩提寺として佐賀城の鬼門に建立した宗龍寺に有りましたが、明治以降高伝寺に移されています。
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 ■城内・本丸の桜
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 ・鯱の門、石垣に桜
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 ・天守台入口の桜
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 ・天守台より本丸を望む
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 ・本丸より天守台を仰ぐ
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 ・旧赤松小学校跡に復元された石垣土塁
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 ・本丸歴史館西門横にある赤松小学校跡記念碑
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赤松小学校跡記念碑1.jpg 赤松小学校は明治41年4月創立、平成5年に佐賀城本丸歴史館建設により、旧城南中学校跡に移転しています。移転後発掘調査を実施、本丸西側に石垣土塁の遺構が確認され、当時の絵図も参考にして「西側土塁石垣」「南西隅櫓台(亀甲乱積石垣)」が復元されています。


・南西隅櫓台より天守台を望む 左手の緑窪地は堀跡
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 ・南濠より南西隅櫓台と土塁 ここには旧赤松小学校の校舎が有りました。
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 ・整備された二の丸広場
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 ■成美女学校跡の桜
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 ■佐賀高等女学校跡の桜
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 ■万部島の桜 多布施川に石橋が掛かり、静かな花見スポットです。 
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 大濠公園・福岡城址・西公園のにぎやかなお花見とは違い、佐賀城城内は静かなお花見スポットでした。

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