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福岡西一会に参加しました。 [トピックス・同窓投稿]

 福岡在住の西高一回生の親睦会「福岡西一会」が頻繁に開催されています。
 西高一回生が福岡栄城会実行委員となった10年前から続く会で、近年ではお盆の8月と福岡栄城会開催月を除くほぼ毎月開催しています。また、同窓生であればウエルカムの会なので、2回生、3回生、5回生、6回生も参加されるようになりました。
 
 12月7日(木)は忘年会も兼ねて開催されました。参加者は1回生・7名、2回生・1名、6回生・2名、8回生・1名の計11名で大いに盛り上がりました。
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 会が進む中、国内外の情勢について、映画会の案内、佐賀への帰省での交通手段はバスと金券ショップでのJR券を利用するとお得、孫へのランドセルプレゼント事情などなど話題に事欠きませんでした。
 また、西高一回生として入学した当時、朝礼で当時の校長訓話に佐高の先輩方から野次が飛んで驚いたこと、部活動では練習は一緒にしても佐高対西高で試合をしたとの話も出てきました。
 福岡西一会は美味しい食事とお酒が楽しめる会をモットーに、女子同窓生が参加しやすいい雰囲気となっていますので、女子の新たな参加者を募っています。
 会では、時には海外・国内旅行もおこない、海外ではこれまで大連、台湾、釜山へ行っています。今年は6月18日~21日にかけて北海道旅行を実施してました。東京から1名合流し、3回生・5回生各1名も参加の7名で、富良野・美瑛・大雪山主峰の旭岳・旭川動物園・札幌市内を廻る三泊四日の旅でした。
 また、来年の旅行は(海外?)をおこなう予定だそうです。

*リンク集にある「西一会福岡」も覗いてみて下さい。

■ お知らせ ■
 西高一回生・森永 太さん(元同窓会会長、佐賀市在住、佐賀市で歯科医院を開業中)が故郷への恩返しとして北山地区に歯科診療所を開設し、週一回(水曜日)に診療しています。
 この度、FBS福岡放送がこの北山歯科診療所を紹介するそうです。
12月14日(木)「めんたいワイド」で午後6時15分辺りから放映の予定!!

*西高一回生、思い出の一品
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近況報告と佐賀県「ふるさと納税」による研究支援のお願い [トピックス・同窓投稿]

永淵 正法(佐賀西高校4回生)

 10月28日の福岡栄城同窓会では、お世話になりました。福岡在住の同窓の皆様とお会いし親しく語り合えて幸いでした。準備運営していただいた事務局の皆様にも厚く御礼申し上げます。

 また、今年は、佐賀での栄城同窓会の担当が我々の学年佐賀西高校4回生と19回生で、11月11日土曜日にマリトピアで執り行われ400人以上の参加者で親しく交流させていただきました。

 私事で恐縮ですが、これまで九州大学医学部入学以来、九州大学で臨床、教育研究に従事しておりましたが、来年から研究拠点を九州大学医学部から佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科安西慶三教授のもとに(客員研究員として)移管し、ウイルス糖尿病:特に将来の予防ワクチン開発を目指した研究に集約して継続する予定です。幸い、添付のように、佐賀に事務局のある非営利特定法人‘日本IDDMネットワーク’(1型糖尿病の患者さんの会で、1型糖尿病の克服の研究支援を行なっています。)から、ふるさと納税を利用した研究支援(11月1日〜12月30日)まで、目標2,000万円の申し出がありました。そこで、不躾ながら、同窓の皆様に可能であればご支援いただきたく、拙文を投稿させていただきました。
 
 なお、九州大学における本研究プロジェクトの評価については、最近、独立行政法人学位授与機構の研究業績水準判定において、九州大学医学研究院の中で、4つの研究テーマのみが最高レベルのSSの評価をいただき、特に、我々の「ウイルス糖尿病の発症機構とその制御に関する研究」だけが学術的意義と社会、経済、文化的意義の両方でSSであったとの連絡をいただいています。佐賀に移動して研究水準の低下に陥らないように努力いたしますのでどうか、よろしくご支援賜りますようお願い申し上げます。

■ふるさと納税による研究支援のお願いチラシ■
佐賀県「ふるさと納税」による研究支援のお願い.png


賛同された同窓生は、↓クリックしてお進み下さい。

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佐賀西高6回生の集まり [トピックス・同窓投稿]

西高6回生 川端幸夫・増岡昭憲

 7月27日夕方大橋駅近くのJazz Village GOLBY(ゴルビー)で、も~4年前の6回生が担当幹事だった福岡榮城会総会で、実行委員長を堂々と立派に務めてくんさった吉本隆昌君の福岡整形外科病院の院長就任を祝うて、併せて”健康卓話”をしてもらうことになりました。17名が参加しました。その中にかつて西高のマドンナが3人もおんさった。
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 参加予定でどぎゃんしても都合がつか~んと返事のあった人が7名おりました。
 いまだ現役でがまだしよる人と、てれ~っと暇を持て余してる人とが交錯している微妙な年代やけん、そんでも皆それぞれにがんばっとなんごた~ まず久しぶいの再会で「あんた元気しとっこ~ふけたね~」、「あんたもふけたね~」と軽い挨拶から、ワイワイ、ガヤガヤで久しぶりの再会のなか吉本君の院長就任祝の乾杯から始まり、食の細くなった体に鞭打って食べながらビールやワインで宴が進んだとです。
 年間1800人の患者を診察、150回の手術を施している吉本君からは、20歳から35歳までの年代と比べると60歳以上の筋力は半分に落ちるごたって。 片足立ちで靴下が履けない状態は筋力が落ちた証拠げな。
 膝、肩、首の痛みと神経の関係などを、膝関節の模型を具体的に示しながらわかりやすく解説したうえで適度な運動、筋トレの必要性を強調しんさった。
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 膝関節痛には、腿上げや股を閉じる運動、肩痛には、背中の裏の真ん中あたりを手で押えたり、両手を背中で組んで伸ばすような動きを勧め、吉本君の指導のもと参加者全員で簡単な健康体操を行いました。
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 他人の話をいっちょん聞かん年代に入った6回生ばってん、身に深~く染みることばかりで、みんな真剣に聞き入っておんさった。
 
 先日佐賀の文化会館で行われた”遺伝子”に関する健康講座で東大の先生が講義の中で笑いを狙った話で、笑点で取り上げられていた、”18才と81才の違い”が面白く身に染みたので紹介します。
●道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才
●心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才
●偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才
●恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才
●まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才
●自分探し、しているのが18才、皆が自分を探しているのが81才~
症状が出ているのが数名おっごたんけん、18才より81才に近い6回生やね~。
   
 あと近藤君から、公立夜間中学を題材としたドキュメンタリー映画「まなぶ」の上映会への参加協力の要請。
 園田君からは今年惜しくも甲子園出場を逃した「西高野球部」を応援する榮城会野球倶楽部の野球帽購入の呼びかけもありました。
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 茂田君は、当日の会場の相応しいアルトサックスによるジャズの演奏を数曲披露してくんさった、こいが一同を大いに盛り上げてくれました。
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 中原さんのピアノ伴奏で青春時代の唄を歌う”のぼせもん”も現れ、一同和やかで楽しい時間を過ごし、「やっぱい同窓会はよかばい」と夜の大橋あたりを徘徊しながら10月の福岡榮城会での再会をうわの空で誓い合いながら、それぞれ自宅とは違う方向にふらふらと、81才に近い同窓生が18歳のころにタイムスリップした思い出を胸に抱えて帰って行きんさった。
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*定期・不定期なミニ同窓会などの情報を寄稿下さい。 お待ちしております。

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無料!映画試写会のご案内 [トピックス・同窓投稿]

西高6回生 近藤 泰洋

 8月の役員会でご案内しました映画の無料試写会を開催いたします。

 日 時 :平成29年10月10日(火) 14:30 ~
 会 場 :福岡市中央市民センター 3F ホール
      福岡市中央区赤坂2丁目5の8

 
上映映画:「まなぶ」・通信制中学校60年の空白を超えて

【速報】平成29年度文化庁映画賞(文化記録映画部門・映画功労部門)
文化記録映画優秀賞:平成29年9月25日発表
2016年/カラー/BD/92分/日本/ドキュメンタリー
東京都千代田区立神田一橋中学校通信教育課程。 大都会の片隅に戦後の混乱期、義務教育を受けられなかった高齢者たちが、青春を取り戻しにくる学び舎がある。 人生の終盤を迎えてなお、人はなぜ学ぼうとするのか。その意味を探して、5年の歳月を追った。
 撮影・監督・語り : 大田 直子『月あかりのしたで ある定時制高校の記憶』
 プロヂューサー  : 野田  稔
 制 作 著 作  : グループ現代
 助     成  : 文化庁文化芸術振興費助成金
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☆ 予告編 ☆
「まなぶ」ホームページ http://film-manabu.com/

*鑑賞ご希望の同窓生は遠慮なく!、当日会場にお越し下さい。
*映画鑑賞が趣味のお友達などもお誘い下さい。

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佐賀県観光大使?始めました。 [トピックス・同窓投稿]

西高8回生(昭和48年卒)井上 忠夫

福岡市天神でヘアーサロンを営んでいますが、縁あって「佐賀さいこう応援ショップ」になりました。店内に、佐賀県の観光パンフレットを取り揃え、お客様に佐賀の良さ!をご案内し、県の観光プロモーションビデオ(PV)も併せて流しています。
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 ☆【佐賀県 x KEN THE 390, KOHEI JAPAN, DEJI, K DUB SHINE】
 ・西高34回生・DEJI(デジ)が参加しているラップユニットと佐賀県がコラボ
 
 只、卒業以後佐賀を離れ、40数年が経過し、佐賀県内の変化には疎くなっていました。佐賀の良さを紹介する立場になりましたが一抹の不安もあったところ、県の担当者から佐賀県内を廻る観光研修会の案内があり、早々に参加してきました。
 店休日を利用しての一泊二日の観光体験でした。県内各地を巡りましたのでご紹介します。
 まずは、佐賀城公園へ
 ・鍋島直正公銅像 今年・平成29年3月4日 佐賀城跡、鯱の門北側に再建されました。
鍋島直正公 立像.jpg
鍋島直正公 立像 鯱の門.jpg

☆幕末の名君直正公に関しては図録「生誕200年記念展 鍋島直正公」を参照。 
 公益財団法人鍋島報效会(徴古館)HP http://www.nabeshima.or.jp/site_files/file/goods/catalogue_kanso_birth200.pdf
 
 ・佐賀城本丸歴史館 鯱の門から入り本丸御殿を見学しました。鍋島直正公(10代藩主)が再建した「天保期・1838年完成」の本丸御殿を復元しています。木造の復元本丸御殿としては日本最大規模を誇ります。嬉しいいことに『入館無料(募金歓迎)』
 「幕末・維新期の佐賀」の歴史をわかりやすく展示しています。
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 ☆本丸御殿全体模型(許可を得て撮影)
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 ☆維新時の資料(許可を得て撮影)
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☆佐賀県立佐賀城本丸歴史館HP
 http://saga-museum.jp/sagajou/
 
 次は三重津海軍所跡・佐野常民記念館(佐賀市川副町)です。三重津海軍所跡は「見えない世界遺産」?です。佐野常民記念館に関係資料の展示があります。
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☆「佐賀近代化産業遺産 三重津海軍所」紹介YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=k7Cedd8WBdY 
☆「世界遺産 三重津海軍所跡 プロモーションムービー」紹介YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=147w42KgRGE
☆佐賀の七賢人・佐野常民に関しては「佐野常民記念館」HPを御覧ください。
 http://www.saganet.ne.jp/tunetami/index.html
 
 昼食は鹿島です。祐徳稲荷神社門前商店街の手前に店舗を構えるお寿司屋さんで昼食。ここはお寿司以上に「うどん」が大人気!!テレビのグルメ番組にも登場する程です。太い平麺の(牛)肉うどんと海鮮丼が定番!!もちろん「いなり寿司」も人気!
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 ☆肉うどんは福岡・北九州の味濃いのとは違い、出汁の利いたあっさり系です。
 
 昼食後、祐徳稲荷と酒蔵巡りを楽しみました。
 ・日本三大稲荷・祐徳稲荷神社・・「微笑みの国・タイ」の映画「タイムライン」やTVドラマ「きもの秘伝」では佐賀県内の各地でロケのあり、タイからの観光客が急増しています。
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祐徳稲荷神社 社殿 極彩色.jpg
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☆祐徳稲荷神社・4K SAGA

 ・肥前浜宿・酒蔵通り・・江戸時代には長崎街道の脇街道である多良海道(多良往還)の宿場町で、多良岳山系の良質な水と佐賀平野の米に恵まれ、江戸時代より酒造りが盛んで、今でも酒蔵が残る通称「酒蔵通り」などは、平成18年(2006年)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
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肥前浜宿 酒蔵.jpg
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 ・試飲も楽しみました。
 ☆参考迄に、今年の酒蔵開きの様子です。(鹿島酒蔵ツーリズム[レジスタードトレードマーク]2017)平成28年3月25日(土)・26日(日)
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酒蔵ツーリズム 賑わい 町並み1.jpg
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 ☆鹿島酒蔵ツーリズム[レジスタードトレードマーク]2018は2018年3月24日(土)25日(日)に決定!
☆鹿島酒蔵ツーリズムHP
 http://sakagura-tourism.com/main/1.html
 
 ・今宵は嬉野温泉に宿泊でした。貸切で利用できる露天風呂はとても気に入りました。
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 ・温泉豆腐に佐賀牛!
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☆嬉野温泉観光協会HP
 http://spa-u.net/

 翌朝はまず、有田町にある「県立九州陶磁文化館」へ(入場料・無料、特別展示会等では別途案内)
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 ・有田焼からくりオルゴール時計
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 ・蒲原コレクション
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 ・柴田夫妻コレクション
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 *館内許可を得て撮影
☆佐賀県立九州陶磁文化館HP
 http://saga-museum.jp/ceramic/ 
☆有田市観光協会HP「ありたさんぽ」
 http://www.arita.jp/
 
 有田の次には、伊万里の鍋島御用窯の里へ
 ・鍋島藩窯橋 陶板と無数の陶片が施され、親柱も欄干の鍋島!
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☆伊万里鍋島焼協同組合HP
 http://www.imari-ookawachiyama.com/index.html
☆秘窯の里・大河内山・4K SAGA

 この日の昼食は、呼子の河太郎で「イカ三昧」
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 午後から唐津へ
 ・唐津曳山展示場(入場料・大人300円)
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 ☆参考までに、数年前の唐津くんち!の賑わいです。
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 ・神幸祭:御旅所神幸
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  最後に鏡山に上がりました。
 ・松浦佐用姫像・・鏡山は、佐用姫が新羅に出征する大伴狭手彦へ、領巾を振って見送った山とも言い伝えられ、「領巾振山(ひれふりやま)」という別称があります。
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 ・虹ノ松原を展望して帰途につきました。
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 ☆唐津市観光協会HP
 http://www.karatsu-kankou.jp/

 故郷の佐賀市を始めとして数十年ぶりに県内を周ってみました。学校のバス旅行などで一度は訪れたところが多かったのですが、意外や意外!新鮮な印象を各地で受けました。
 灯台下暗し。県外や海外の旅行も楽しいのですが、皆さん!久々に佐賀を周りませんか。お薦めです。

 ☆佐賀県観光ポータルサイト
 http://www.asobo-saga.jp/

☆佐賀県の観光地ダイジェスト 最新の4K映像を御覧ください!

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「思い出!、今を楽しむ!」佐高 [トピックス・同窓投稿]

佐高15回生(昭和39年卒)杉山 秀彦

 在学時の生徒会活動・運動会・部活動での「思い出写真」です。

1)昭和37年10月~38年9月迄の生徒会活動
  ・一生懸命仕事してます
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  ・腹減ったので、出前ラーメン・・・ガブリ
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  ・仲良し男子生徒会メンバー
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  ・仲良し女子生徒会メンバー
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 2)昭和36年体育祭
  ・男子組体操
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  ・男子応援団
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  ・女子応援団
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  ・思い出深きフォークダンス
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 3)昭和36年夏休み 生物部の加部島での研究・実習
  ・加部島小学校で、1週間の合宿
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  ・岩場での植物採取
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 ☆加部島は呼子港の沖500㍍にあり、玄界灘の荒波から港を守る天然の防波堤となっています。
  特産品はイカに甘夏などで、甘夏ゼリーは人気商品。江戸期は近海捕鯨の拠点でもありました。
 ☆平成元年(1989年)4月、呼子の中心地と加部島を結ぶ呼子大橋が完成、交通の便が大きく改善。
 ☆唐津市(旧呼子町)立加部島小学校は人口減少に伴い、平成23年(2011年)唐津市立呼子小学校へ統合。

 ■「福岡いちご会」
  佐高15回生は、毎年10数人で旅行をしています。
  毎年の旅の思い出写真をDVDにしましたので、旅の様子を一部、ご紹介します。
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 ・臼杵・岡城の旅(平成20年)
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 ・霧島・桜島・知覧(平成22年)
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 ・萩・津和野(平成23年)
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 ・松山・道後温泉(平成24年)
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 ・久住 焼肉の旅(平成24年)
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 ・出雲・松江の旅(平成25年)
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出雲 松江の旅 4.jpg
出雲 松江の旅 5.jpg

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*福岡栄城会では、同窓会員の方々の投稿をお待ちしております。
・特に佐高の諸先輩方からの「思い出」を募っています。
投稿よろしくお願いいたします。
投稿先 eijo.fukuoka@gmail.com



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在学時の思い出と今を楽しむ(佐高) [トピックス・同窓投稿]

佐高6回生(昭和30年卒)諸岡 正明

在学時の思い出
 
 私は、城南中学を卒業し、佐賀高校の試験に合格し入学しました。 
 当時、佐賀高校は、南校舎、西校舎、東校舎の三つに分かれていました。それは、旧成美高女、佐賀第一高校、佐賀高等女学校が昭和23年合併し、佐賀高等学校となっていました。

 私が卒業後、昭和37年に西高、北高、東高に分離しています。私が最初の1年学んだ南校舎は、成美の後の校舎でした。
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 新制佐賀高校(昭和24年~40年)は、1年生は南校舎、2年3年は西校舎で授業を受けていました。学級担任は、1年の時柴田先生、2年川崎先生、3年原先生でした。
 当時、佐賀市には公立普通高校は新制の佐賀高校だけで、一学年1000名、全校で3000名、一学年が20~21組まであり、この数は全国一のマンモス高校でした。週刊誌にも取り上げられました。
 西校舎の講堂に3000名が一同に会した時は、壮観でした
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 当時、校長は宮田虎雄先生で、後に佐賀市長となっておられます。

今を楽しむ
 
 私は佐賀高校を卒業後、九大医学部に進学し、以来、現在まで福岡市近郊に在住しています。
 福岡市及びその近郊には、佐賀高校を卒業した同窓生が約55人いて、時々集まっては旧交を温めあっています。その時には、連絡が取れる佐賀や関東の同級生も参加して頂いていました。そして今年、平成29年には大方の同窓生は80歳を超え、定期的に集まるのではなく有志だけ時々集まろうかとなったようです。しかし、多くの同窓生たちは、今後も適宜、佐賀や東京の集まりには、できれば参加したいと考えているようです。
 旧制の佐賀中学(新制佐賀高校)から、現在の佐賀西校までの卒業生が年に一度集まる「栄城会」は、とても楽しい会で、幹事は卒業年度順にしており、古い順から新しい卒業年次に移ってきています。

 高校卒業後60年以上経ち、最近暇があれば、故郷佐賀のことを思い出し、時間があれば、昔歩き回った場所、多布施川、石井樋、川上峡、古湯温泉、清水の滝、日の隈山、天山そして高校卒業頃できた北山ダムなどにでかけています。

 先日、佐嘉神社、松原神社、昔の佐賀高校周囲の堀端や佐賀城址を歩いてみましたが、私が高校生の頃とは随分変わってしまっていました。
*福岡栄城会では、同窓会員の方々の投稿をお待ちしております。
・特に佐高の諸先輩方からの「思い出」を募っています。
投稿よろしくお願いいたします。
投稿先 eijo.fukuoka@gmail.com


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高校時代の良き思い出(佐高) [トピックス・同窓投稿]

佐高9回生(昭和33年卒) 紀井 博之

 昭和33年3月の或る日、高校入試の日を思い出す。
 三十分を経過するとサッサと教室を後にする人達が居る。
 制服を着た付属中の生徒である。
 少し気持ちがあせり、学力の差を感じる。
 数日後、佐賀新聞社で合格発表があり、合格!!
 
 当時の学生数は一学年千人。私の成績は千番目だったのでは・・・。
 成章中野球部同級生の大曲君・志津田君、私の三人は合格発表の翌日から練習に参加。
 その時の先輩は高野(投手)、江口(捕手)、主将:宮司(一塁手)の方々である。
 ところが自分の都合で退部してしまった。
 
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 間を置いて軟式野球部の豊増さんが教室に来て「ウチに入らんか!」との誘い。野球小僧の血が騒ぎ即入部。私は中学校よりピッチャーである。
 高校二年の県大会では一回戦、佐賀農芸高を7対0で完全試合等が有り佐賀代表に!監督の豊増さんと二人で喜びに涙が溢れた。
 九州大会は小倉の豊楽園球場。佐賀、長崎、福岡、大分の四県代表で競い合い。東福岡と対戦し。1対0で勝ち(ノーヒットノーラン)。決勝戦は大分と行い、これも延長十回、1対0で制し全国大会出場決定。
 全国大会は大阪の藤井寺球場で行われ、初戦北海高に2対1で破れ、初戦敗退。
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 大阪迄夜行列車で10時間の旅。グッタリ来たが、思い出深い汽車の旅であった。

 ☆県立佐賀高等学校硬式野球部は昭和32年第2回全国硬式選手権に出場。対戦相手の「北海高」は第一回より出場、その後も連続出場する程で、北の強豪校でした。
 *硬式選手権出場校一覧 http://www.jhbf.or.jp/nanshiki/outing/06-10.html
 ☆翌年の昭和33年には、硬式野球部が夏の甲子園での全国大会に出場しています。
 
 ☆豊楽園球場・・現在のJR小倉駅北側にありました。国鉄小倉駅(現在のJR西小倉駅)が昭和33年3月現在地に移転の為、閉場しています。
 *参考資料・・にしてつwebミュージアム http://www.nishitetsu.co.jp/museum/lions/ballpark05.html
 
 ☆藤井寺球場・・全国高等学校軟式野球選手権大会が昭和31年(1956年)から昭和55年(1980年)まで開催されました。途中2年間はナイター設備増設に伴い昭和48年(1973年)のみPL野球場開催。プロ野球チーム、近鉄バッフォローズのホームスタジアムでしたが、平成17年(2005年)1月末をもって閉鎖され、平成18年(2006年)8月に解体されてます。
*福岡栄城会では、同窓会員の方々の投稿をお待ちしております。
・特に佐高の諸先輩方からの「思い出」を募っています。
投稿よろしくお願いいたします。
投稿先 eijo.fukuoka@gmail.com



タグ:軟式野球部
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日田彦山線、沿線散歩! [トピックス・同窓投稿]

東峰村 地図.jpg

 平成29年7月5日、朝倉市・東峰村・日田市で大規模な水害が発生しました。JR日田彦山線は、平成25年7月14日の「九州北部水害」で被災した以上の被害となりました。現在、添田(福岡県添田町)~夜明(大分県日田市)間の約30km弱が運休中です。
 実は7月2日(日)にレトロな人気路線である日田彦山線の鉄旅を楽しみ、更に大行司駅~岩屋駅の間を歩き、3つの鉄道眼鏡橋を見て回りました。
 *大行司駅舎
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 *駅構内
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 *大行司駅のホームは高台にあります。
ホームは高台.jpg
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 ☆大行司駅は昭和21年9月に開業。今度の水害でホームへの法面が崩れ、駅舎が倒壊しています。

 大行司駅⇔筑前岩屋駅に架かる3つのめがね橋を見て回ります。 コンクリート多重アーチ橋で昭和13年には完成していました。昭和31年3月15日、英彦山駅-大行司駅間が延伸開業。小倉と日田が繋がりました。

 ・松尾橋(第二大行司橋梁)
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 ・タイムングよく気動車が橋を通過
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 ☆手前の小川が宝珠山川、山里の清流で地域を潤す川ですが、未曾有の短時間豪雨に、お手上げでした。
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 ・奈良尾橋(宝珠山橋梁)全長79.2m、高さ20m 
  *経済産業省近代化産業遺産 九州・山口の石炭産業発展の歩みを物語る近代化産業遺産群で 筑豊炭田からの石炭輸送・貿易関連遺産です。
奈良尾橋.jpg
奈良尾橋 近景.jpg
 ☆水害で棚田の青々とした風景も一変してしまいました。
 ・棚田親水公園での宝珠山川  6月上旬にはホタルが乱舞する川でした。
宝珠山川.jpg

 ・金剛野橋(栗木野橋梁)全長71.2m、高さ20m 岩屋駅手前のアーチ橋
金剛野橋.jpg
金剛野橋 近影.jpg
 ・車窓より金剛野橋を渡る
金剛野橋 車窓より.jpg

 ・岩屋駅 駅前は、釈迦岳トンネルからの湧き水「岩屋湧水」を汲みに来る人々で賑わっていました。「岩屋湧水」は福岡県で唯一「平成の名水百選」で、湧水量は1日約15,000t、硬度は約31度の軟水の名水です。有料給水装置が設置されています。
岩屋駅前.jpg

 ・岩屋駅ホームより釈迦岳トンネルを望む。 釈迦岳トンネルは長さ4379mで九州管内第2位のトンネルです。今回の水害で土砂が流入し、現在トンネル入口は水没しています。
ホームより釈迦岳トンネル出入り口.jpg
 ・岩屋駅舎は二代目で、平成9年(1997年)岩屋神社を模し、消防団の倉庫と合築となっています。
岩屋駅舎.jpg
 ・岩屋駅手前の沿線桜並木。左手の土手は4月から5月に、ツツジが綺麗です。
岩屋駅手前の桜並木.jpg


 日田彦山線は田舎の四季が堪能できるローカル線です。水害により運行再開には数年は要するとも言われています。
 沿線も含め被災された地区の早期の復興を願います。
日田彦山線 夏の風景 2017-07-02.jpg

タグ:日田彦山線
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佐中入学の頃 [トピックス・同窓投稿]

佐高  3回卒  園田 勲
 
 私は昭和20年佐賀中学に入学した。1学年200人余りだった。戦争中で朝家を出る時は足にゲ-トルを巻き、帽子も服も軍人の姿、途中上級生に会うと立ち止まって、挙手の禮。
 佐中の校章は日本一大きい「中」で、朝礼の時校長先生は「敵機が来たらこの「中」の字を反射させて、敵兵の目を眩やませよ。」と言われた。
 
県立佐賀中学校 制帽.jpg

 上級生は2年生だけで、陸軍士官学校か海軍兵学校に進学予定の3・4年生以外は動員に行っていて学校には来ていなかった。昼休みになると、2年生達が我々の教室にやって来て、机に座らせ「頭下げよ!」と我々1年生をしごいた。
 運動場では元下士官による木銃を持っての厳しい教練。又学校に残って軍人の学校に入る為に勉強している3・4年生による軍人教育。「整列!!、1年1組の指揮は3年〇組の◎◎がとーる!。」こちらは優秀な教練。佐賀中学は軍人学校で優秀な生徒は高校でなく、陸士か海兵に入学した。戦争中であったが、敵国の言葉である英語は良く勉強させられた。空襲警報のサイレンが鳴ると森へ逃げて英語の単語を勉強した。
 
 佐賀は戦争の影響は比較的に少なく、夜は花火のような焼夷弾、昼は操縦士が見える高さで機銃掃射をした。敵機が去ると日本の偵察機が被害状況を調べる為低く飛んでやって来た。遠くで高射砲の音がしても、とても敵機には当たらない。
 「早く降参しなさい」と云う趣旨の長い綺麗な日本語のビラもいっぱい撒かれた。6月19日の福岡大空襲の時は、夜友達の家で勉強していたが、B29の編隊が長い間上空をキーンキーン唸りながら北へ行き、数十分後福岡の空が真っ赤になった。
 
 夏休みになって、我々1組だけ北山に芋作りに動員された。
 北山へ行くときは、川上の官人橋(当時は木造で大雨が降るとよく流された)に8時集合。私の実家は東与賀中割ですが、西川副広江の友人が2時に家に来て2人で官人橋まで行ったが、夜空の星特に流れ星が綺麗だった。何時間も夜歩いたのはこの時だけ。佐賀は平和だった。官人橋から道路は砂利道で疲れはしないが、運動靴の為足の裏がとても痛かった。途中南山で弁当を食べ、午後3 時頃北山小学校に着いた。北山は静かだった。
 8月15日昼重大放送があると云うので、北山小学校へ帰り、運動場でラジオを聞いたが、雑音で何を云っているか分からなかった。午後又芋作りに行き、帰りに神社の境内に集められて、佐賀から上がって来た例の元下士官から「君達は昼のラジオ放送は何であったか分かったか。戦争に負けたぞ。君達はもう親兄弟とも会えない。米兵は肉食動物だから鶏も片つ端から食べるぞ」。その夜は寝泊まりしている体育館で泣いている友もいた。
  10年位前この神社と北山小学校と当時北山にあった旅館を尋ねたが、当時の女将さんから「先生はここに泊まられた」と初めて聞いた。我々は体育館の板の間で雑魚寝だった。夜が明けると、荷物をいっぱい積んだトラックが佐賀からどんどん上かって来た。「何だ、まだ物資は沢山あったんだ。」とつくずく思った。
 終戦後、山を降りた時の記憶はない。
 数日後佐賀の家に帰ったら、何のことは無い以前と変わらず、母が「南の空に大きい音がしてキノコ雲が上がった」と言つたのが心に残っている。
  
 終戦後教育は180度変わったが、佐中のレベルは高かった。新生高校になって学生数も増えた事もあろうが、中学3年3学期で習った事を高校1年でやっていた。現在は、昔の佐中かそれ以上のレベルになっているだろう。
 私は家の事情で佐高3回生だが、佐中1年の時北山で1ヵ月寝食を共にし終戦を迎えた2回生特に1組の友達が懐かしい。

 *東与賀中割は、現在「東与賀街大字下古賀」になります。「中割公民館」から北山小学校迄を当時の徒歩ルートを推測して検索しますと、37kmの距離となります。直行で8時間強かかります。旧制中学校の1年生は、12歳か13歳です。
 *集合場所の「官人橋」は、今の「赤い鉄橋の官人橋」の先代の頃ですので、200m手前にある「ユースピア入口」バス停辺りに架橋されていました。現在記念碑が建立されています。
川上軌道跡碑.jpg
 *「南山」は当時小城郡南山村、昭和31年9月に佐賀郡小関村と小城郡南山村、北山村が合併して佐賀郡富士村となっています。古湯・熊の川温泉の手前にあたる富士町大字下熊川に、九州電力南山発電所があり旧村名を留めています。
*福岡栄城会では、同窓会員の方々の投稿をお待ちしております。
・特に佐高の諸先輩方からの「思い出」を募っています。
投稿よろしくお願いいたします。
投稿先 eijo.fukuoka@gmail.com


タグ:佐賀中学校
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