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歴史と私 Ⅲ [会員コラム]

西高6回生 増岡 昭憲
 最近の柏原歴史会は、先生が病気で中断中である。歴史講座の方は「拓本」どり、勾玉」や「須恵器」作り体験をした。
拓本どり.jpg
「拓本」どりとは、発掘物を魚拓みたいに墨を塗って、読み解く方法である。天草の古刹の瓦の拓本を取り古代の寺の建立時代を読み解いて営みを想像してみた。「勾玉」つくりは柔らかい石を削り古代の王の象徴の雰囲気を体感した。
須恵器 作成.jpg
「須恵器」は古墳時代から平安時代に流通していた、弥生式土器よりちょっと進化した土器である。焼きあがるのは来年になる。
 
 10月には6回生の愚友と厳島神社と出雲大社を参拝してきた。通常神社参拝は2礼2拍手だが、出雲は2礼4拍手だった。歴史博物館を訪れ、出雲の荒神谷で発見された大量の銅剣と銅鐸が展示されているのを拝観した。銅鐸は使用目的が謎とのことだったが、ここでは舌(ぜつ)で音を奏でていたらしいとのこと。銅鐸には刺青が入ってる人間の顔が描かれていた。
 
 魏志倭人伝を読んでいると、いくつかの疑問を抱く。邪馬台国と大和朝廷の関係である。歴史学的には邪馬台国が日本の始まりであり、今の皇室のルーツであるとしてる。しかし、いまだにどこにあったかが不明である。「邪馬台国」や「卑弥呼」などは魏志倭人伝に出てくる魏側の呼び名であって、文字を持たない倭国の人々は何と呼んでいたか解らないし「ヤマト」で結びつけるのは無理があろう。私の推してる福岡県南部で古代の吉野ヶ里から遠目で見えたであろう山門郡が畿内に遷都して大和政権を作ったとする説も疑問が出てきた。そもそも邪馬台国は倭国の「クニグニ」の中の一つであり、倭国全体で長期間にわたる騒乱が起こっていた。卑弥呼を女王に共立することによって混乱を鎮め、卑弥呼が 死去するとその後男の王が立てられるが再度内乱となる。そのため、13歳の少女「壹與」が王に立てられ国は治まったとある。しかし南にある狗奴国とは、不仲で紛争していたとのことである。壹與のあとは中国による倭国の記録が途絶えている。倭人は体や顔に刺青をしているとある。日本の歴史上施政者が刺青をしていたとは出てこない。おそらく邪馬台国や出雲のクニグニは縄文人の血を引く刺青の習慣があり、文字を持たない種族ではなかろうか。蝦夷すなわち日本に先住していた縄文人はアイヌ人の先祖ではないだろうか。アイヌは刺青の習慣があり文字文化がなかったとのことらしい。
 暫らくして日本に天皇や皇后の名前が登場しだす。しかも妊娠中に生み月を伸ばして三韓を征伐したとある。九州の多くの神社に残る神功皇后、応神天皇である。神功皇后の夫仲哀天皇は香椎宮で崩御している。日本書紀と古事記では死因は異なる。実際は狗奴国に滅ぼされ、その狗奴国が東征を行い、出雲なども滅ぼして近畿あたりにたどり着き、大和朝廷の礎を築いたのではなかろうかと思われる。  
 しかし歴代天皇で初代神武天皇から10代天皇までは実在していない。11代から26代天皇まではいただろうが、今伝えられてる名前とは違う権力者が入れ代わり立ち代わりいたのではないか。
38代天智天皇のころに今の世襲の天皇制の礎を築いたのではないと思われる。このころ記紀を編纂し、国つくりを含め過去からの流れを神話化して権威づけを図るのである。
 話は変わるが私の父が亡くなった時、檀家のお坊さんが、説法を七日ごとにされた。長生きを願い死ぬ事を恐れ不老不死の妙薬を求めた秦の始皇帝の話をされた。その坊さんのゆうには、「死は必ず来る、避けがたいものだ、いかに功徳を積み、浄土に行けるかを考えることが、死を恐れないこと」だそうだ。
 始皇帝は徐福を日本に遣わし不老不死の妙薬を探させたとのこと。坊さん曰く、佐賀県の三養基郡には徐福の痕跡がたくさんあるらしい。後で徐福の事を調べてみると、数千人の大船団で有明海から九州に上陸している。又徐福伝説は北日本まで広域にわたるが、特に佐賀県に集中している。吉野ヶ里遺跡から発掘された人骨が日本人古来の骨ではなく中国系の人の骨が混じっていたとのことで話題になった。徐福の軍団がかかわっていたかもしれない。始皇帝当時の倭国は縄文人の時代なので、文化、軍事力の差は歴然とし、縄文人を駆逐し、同化して徐々に「クニ」を形成していったのではないだろうか。そのクニが狗奴国ではないだろうかと推測される。
 集広舎の川端氏からいただいた本を読んだら、意外なことがわかった。その本はモンゴルが中国共産党から不当な迫害を受けているが、中国の歴史は今の中国だけじゃなく、北方民族が大部分を形成した。今の漢族の中国の歴史は、たかだか100年足らずである。その中国の不当な振る舞いを糾弾する内容である。当本中に秦の始皇帝のことが書かれている。chinは元々アラブ地域を指す言葉で、遊牧性のあったユダヤ人がいち早く中国へと移動していたらしい。バビロン捕囚時に忽然と消えたユダヤの10部族などと合流して秦国を建国したとのこと。歴史は下ってchinにaを追加してchinaになったとのこと。秦の不老不死の探索は裏では倭国の征服があったのではないか。それとも、徐福が不老不死の妙薬が見つからず帰るに帰れずそのまま居座ってクニを築いたのかは疑問が残る所ではある。 

 先日1週間ばかり娘に会いにハワイに行ってきた。娘は私に気を使ってハワイの出雲大社、金毘羅神社、ハワイ平等院等を連れまわした。
ハワイの平等院.jpg
だが所詮はフェイクであるよとゆうと、それならばとハワイの原住民のヒーリングスポットに連れて行ってくれた。これには大変気に入りました。山の上の森深い所の平地に石がミステリアスに積まれており、なんとなく「気」を感じました。現地の人が時折フラなどを踊り、祭典を行っているらしい。
ハワイ ヒーリングスポット.jpg
 その後娘は私にとんでもないものを見せてくれました。自分のDNAを鑑定したみたいで、それで娘のルーツのDNAが判明したとのこと、娘はカミさんのルーツは以前から何回も聞いて知っていたが、私のルーツは純粋な大和民族と思っていたらしく、そこに描かれている世 界地図は、アジアの全域インドそれにアラブの地区に丸がしてありました。アジアはわかるが、インドは仏教伝来でかなりの仏師が渡来し日本人と同化したとのこと。残るのはアラブ地区の丸これは何だろう?
 
 以上のことを連立方程式に紐解いていき、又少々ベクトル的に無理はあるだろう。結論としてユダヤ人の部族の一部がが中国に移動して秦を興し、その一派が有明海から佐賀に上陸し、先住民を凌駕同化していき、大和政権の基盤を築いたのであろう。輝ける大和民族の源泉は佐賀の三養基から吉野ヶ里地域にある。「二度と行きたくない県1位」と盛り上がっている若者よ佐賀をリスペクトしないと罰が当たるよ。日本は神々に守られている神々(こうごう)しい神ってる国だからね・・・・・


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拡大幹事会(H28年11月10日) [同窓会活動報告履歴]

拡大幹事会 全体.jpg

 秋が深まる中、執行部会議及び拡大幹事会を開催しました。
 日時 : 平成28年11月10日
 場所 : 「DOMUS(ドムス)」
       [電話] 092-791-5130 福岡市中央区今泉1-18-25 季離宮上 1F 
 
■ 執行部会議 議題  ■
議事  18:00 ~司会 西依 大輔(28回生)
1)次回総会の開催について
 ① 会場の選定   ・今年と同じ「八仙閣」
 ② 日時の決定   ・平成29年10月28日(土) 17:00~
 ③ 案内方法の検討 ・例年通り、往復はがき
 ④ 会誌の取り扱い ・実行委員の選定に委ねる
 ⑤ 広告協力先対応 ・次回実行委員への引継ぎ事項
2)執行部・幹事会の開催日程
           ・平成29年1月11日(水)
3)HPの運用、掲載コラムの拡充について
           ・佐高先輩へコラム寄稿要請はがきを送付の件承認

■拡大幹事会 次第 ■

1 議事 18:30 ~ 18:50  司会 前田 恒善(13回生)事務局長  
1) 会長挨拶          鈴木 元 ( 4回生)会長
2) 次回総会の開催方針について 服部 伸児(10回生)
                 第29回福岡栄城会総会実行委員長
3) 本年度の活動状況について
  ・HP運営関係        俣野 一昭( 8回生)HP運営委員長
  ・ゴルフコンペ開催関係    吉村 尚 ( 5回生)ゴルフ担当事務局
4)質疑応答
執行部会議風景.jpg

2 懇親会 18:50 ~
1)乾杯 永倉 理一郎 副会長  母校創立140周年式典 報告
2)各自 挨拶を兼ねた決意表明  
*第29回実行委員長・副委員長(10回生)!ツーショット
第29回実行委員長・副委員長.jpg
*円陣を組んで校歌の大合唱!! 
校歌 大合唱.jpg
     
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伊丹安廣氏と「なんじゃもんじゃ」 [会員コラム]

 先月の第28回福岡栄城会では早稲田大学野球部前監督・岡村猛氏(西高9回生)による記念講演がありましたが、その中で佐中の大先輩である伊丹安廣氏の事も触れられていました。
 母校のグランドバックネット裏には、同氏を顕彰した「一球無二」の碑が昭和53年8月に建立され、周囲に「なんじゃもんじゃ」(和名 ヒトツバタゴ モクセイ科)が植えられています。
伊丹安廣氏顕彰碑.jpg

 伊丹安廣先輩は旧制佐賀中学校野球部で活躍、野球部ユニホーム「EIJO」の発案者です。
EIJOユニホーム 甲子園.jpg
           *昭和33年8月、佐高野球部 甲子園出場。
 その後早稲田大学に進み、野球部捕手として活躍し大正15年春季リーグでは首位打者になってます。卒業後は東京倶楽部で選手として都市対抗野球連覇に貢献、昭和15年から4年間、早稲田大学野球部・監督を務め、戦時下の学生野球存続に尽くされました。
 戦後、日本高等学校野球連盟と全日本大学野球連盟を傘下に置く、公益財団法人日本学生野球協会の前身である日本学生野球協会設立に深く関わり、また当時接収されていた神宮球場の返還に尽力、返還後は明治神宮外苑長として、明治神宮の環境整備やスポーツ施設の改修拡充を進め、また学生野球とプロ野球の共存共栄を推進されました。
 その後、日本鋼管や東芝の監督を歴任、昭和52年10月永眠、翌昭和53年に特別表彰で野球殿堂入りしています。
 *野球殿堂博物館  http://www.baseball-museum.or.jp/baseball_hallo/detail/detail_059.html
 
 伊丹安廣先輩 エピソード①
 早稲田大学野球部時代の昭和2年アメリカに遠征し、当時のペナントや交流戦を行った米国の地名が記された品など4点を収めた額が、現在母校に寄贈されている。
 *早稲田大学野球部は明治34年に創部。安部磯雄教授(福岡県出身)・初代部長のもと翌明治35年に戸塚球場(後の安部球場)を造営、創部4年目に対抗試合に全勝優勝し、当時の大隈重信総長に掛け合い、日露戦争・日本海海戦の年にアメリカ遠征を実現している。
 *安部磯雄氏は伊丹安廣先輩の恩師であり、昭和21年日本学生野球協会初代会長に就任。昭和24年2月永眠、葬儀委員長は片山哲。昭和34年特別表彰で野球殿堂入り、「学生野球の父」と呼ばれています。
 
 伊丹安廣先輩 エピソード②
 昭和7年秋から2年間、埼玉県立旧制川越中学校・飯田教諭からの要請を受け、監督に就任。現在埼玉県立川越高等学校には、飯田先生顕彰碑が建立され、「なんじゃもんじゃの木」が植えられおり、碑の裏には「伊丹安廣氏・寄贈」の高札がある。
 *埼玉県立川越高校野球部 http://kawagoeob.wixsite.com/baseball/iida 

 伊丹安廣先輩 エピソード③
 明治神宮外苑には「なんじゃもんじゃ(ヒトツバダゴ)」の木碑があります。伊丹先輩お気に入りの樹木花です。
 ところで、福岡県芦屋町内の岡湊神社は「なんじゃもんじゃの社」で話題になっています。
岡湊神社 1.jpg
岡湊神社 2.jpg

 ここにある「なんじゃもんじゃ」の主木は樹齢約50年で、現宮司が明治神宮を退職した記念に、当時の明治神宮外苑長であった伊丹先輩より贈られたものです。
岡湊神社 説明版.jpg

*芦屋町ホームページhttp://www.town.ashiya.lg.jp/view.rbz?cd=1017  
 岡湊神社は全国の神社・学校・公園に「なんじゃもんじゃ」の株分けをしており、母校の「なんじゃもんじゃ」が枯れた際、当神社から株分けされた木が現在育っているようです。
*佐賀新聞社 http://www.saga-s.co.jp/column/ariakesyou/178962

芦屋町 あしや砂像展2016.jpg

   *芦屋町では「あしや砂像展2016」が11月6日まで開催中。

*2016佐賀熱気球世界選手権が11月6日まで開催中。http://www.sibf.jp/
佐賀バルーンフェスタ.jpg
目標に向かうバルーン.JPG
バルーン 刈田に着地.JPG


*佐賀バルーンミュージアムが10月1日にオープン!!
   http://www.sagabai.com/balloon-museum/main/
佐賀バルーンミュージアム.jpg

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第2回福岡栄城会ゴルフコンペ開催 [同窓会活動報告履歴]

第2回ゴルフコンペ 集合写真1.jpg

 平成28年10月20日(木)最高気温23.5度、天候にも恵まれた麻生飯塚ゴルフ倶楽部にて、6組20名の同窓が参加し午前8時にスタートしました。
 佐高卒の東島勉さん(5回生)、永倉遵五郎さん(12回生)、太田捷夫さん(12回生)も参加され、ハツラツとプレーされていました。
 午後から表彰式と懇談会があり、午後2時半には散会しました。
□ 会長挨拶
第2回ゴルフコンペ 会長挨拶.jpg

□ 表彰式
第2回ゴルフコンペ 優勝者表彰.jpg

*優勝は石橋進さん(5回生)、グロス(48・40)ハンディ16.8ネット71.2。
□ 優勝者 挨拶
第2回ゴルフコンペ 優勝者挨拶.jpg

*準優勝 岡野圭造さん(39回生) 3位 三好重則さん(5回生)
□ 懇談
第2回ゴルフコンペ懇談.jpg

*次回第3回大会 平成29年4月22日(土)に決定


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「第28回福岡栄城会 総会・懇親会」開催 [福岡栄城会総会(同窓会)履歴]

日 時 : 平成28年 9月24日(土)17時 ~ 
場 所 : 八仙閣本店
      福岡市博多区博多駅東2-7-27
出席者 : 佐中 1名、佐高 64名、西高 185名 計250名
      ( 案内状回収状況値、最終結果は後日修正 )

第28回福岡栄城会.jpg

*今回のテーマ 「思い出から出会いへ」

・第28回福岡栄城会 会次第   総合司会 古川 千恵
(西高 平成 5年卒・28回生)
 1.総 会 17:00~17:20
   物故者への黙祷
   会長挨拶     福岡栄城会会長   鈴木  元
(西高 昭和44年卒・ 4回生)
 
   来賓紹介
   来賓挨拶     佐賀西高等学校校長 古賀 信孝
(西高 昭和50年卒・10回生)

   祝電披露
   年次報告     福岡栄城会事務局長次長 西依 大輔
(西高 平成 5年卒・28回生)

 2.懇親会 17:25~19:30
   開催挨拶     本年度実行委員長  碇  好生
(西高 昭和49年卒・ 9回生)

   記念講演     早稲田大学野球部前監督(第18代)
                      岡村  猛
(西高 昭和49年卒・ 9回生)

   乾 杯      栄城会同窓会会長  村岡 安廣
(西高 昭和42年卒・ 2回生)

-- 会食 懇談  --
 
   次回登板幹事挨拶 西高10回生・20回生・30回生
   佐中校歌・佐高賛歌・佐高、佐賀西高校歌斉唱

   閉会挨拶     本年度実行副委員長 宮原 弘明
(西高 昭和59年卒・19回生)

第28回 福岡栄城会 会誌あとがき、より

第28 回実行委員会委員長 碇 好生
福岡にそびえる栄城山脈
 福岡に暮らして40 数年になり、ふるさと佐賀で過ごした時間の倍以上の時が経ちました。まちの大きさに圧倒されそうになりながらも、「佐賀も福岡もおんなじくさ。」と自分に言い聞かせ、そしてだんだんと慣れて「福岡人」になってきました。福岡栄城会のみなさま、特に年配の方の多くが同様の経験をされたのではないでしょうか。
 そんな中でも、年に一度の福岡栄城会に、こうして皆さんに集まっていただいています。社会に目覚め、自我を形成し、能力の基礎をきずき、適性を見極め、生涯をかけるものを模索した貴重な佐中・佐高・西高の学生生活でしたが、これを振り返り、懐かしんでいただき、また明日からの鋭気を養う機会にしていただけるように努めてまいりました。
 今回の福岡栄城会には、1,607 名の方に案内を差し上げ、1 割以上の250 名の方にご参集いただきました。これまでもこの会でご挨拶いたしますとみなさん各界で活躍されてあり、福岡においても、福岡市の西の方にある某高校同窓会の山脈にまさるとも劣らない「栄城山脈」は厳然とそびえ立っているのだと、ずっと感じていました。
 今回、みなさまにおかれましても、また改めて福岡の栄城山脈を感じる機会になったのではないでしょうか。
「 栄 城 万 歳 」
 私たち西高9、19、29回生が順送りの当番で、この会の運営を担当いたしました。昨年あるいは今回初めて参加したものもおりますが、多くのものが自分たちの回が当番ならぜひ協力していくんだと準備に参加してくれました。忘れることのない「母校愛」「栄城魂」に支えられ、なんとか開催にこぎつけることができました。
 ご出席いただいた同窓生各位はもちろん、ご都合でやむなく欠席された方々、鈴木会長や事務局のみなさん、昨年の貴重な経験をお伝えいただいた第27 回の実行委員会のメンバー、広告でご協力いただいた協賛のみなさまなど多くの方のご協力、ご支援に心から感謝申し上げます。
 そして最後に実行委員会のメンバーにはさらに大きなありがとうを申し上げます。
 来年も、そして未来永劫この会が続いていくことを祈念して感謝の言葉といたします。


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第28回福岡栄城会 アラカルト [福岡栄城会総会(同窓会)履歴]

□ 会場 八仙閣本店
会場 八仙閣.jpg

□ お出迎え
会場 八仙閣 お出迎え.jpg

□ 会場
開会前の会場 .jpg

□ 受付
受付 .jpg

□ 来賓席
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□ 役員席
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□ 物故者への黙祷
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□ 福岡栄城会会長 挨拶
会長 挨拶.jpg
会長 挨拶 全体.jpg

□ 母校校長 挨拶
母校校長 挨拶.jpg

□ 祝電披露
祝電披露.jpg

□ 開会挨拶
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□ 記念講演
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記念講演 全体.jpg

□ 乾杯
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□ 佐中 先輩挨拶
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□ 佐高 先輩挨拶
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□ 余興 社交ダンス
余興 佐高 先輩ダンス.jpg

□ 母校記念映像放映
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余興 母校記念映像放映  2.jpg

□ 次回幹事への引継ぎ・挨拶
幹事引継ぎ.jpg
幹事引継ぎ 挨拶.jpg

□ 佐中校歌・佐高賛歌・佐高西高校歌 斉唱
各校歌斉唱.jpg
各校歌斉唱 全体.jpg

□ 万歳三唱
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□ 閉会挨拶
閉会 挨拶.jpg

□ 散会
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第28回福岡栄城会誌 [福岡栄城会総会(同窓会)履歴]

□ 福岡栄城会HP版 :パソコン環境で閲覧できます。

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吹奏楽部!定演 事始め  [トピックス・同窓投稿]

 今年:平成28年(2016年)3月26日(土)佐賀市文化会館にて,第46回定期演奏会『純』が開催されました。遡ること40数年前、今では還暦を過ぎたOB&OGが始めた事が続いています。
 この度同部同窓より、第2回~6回の定演パンフレットなどの資料を見せて頂く機会がありましたので、ご紹介します。

*母校吹奏楽部は昭和39年創部

第1回定期演奏会 昭和45年(1970年) 5月 本校講堂にて開催
*西高6回生が3年生。大阪万国博覧会がこの年3月14日~9月13日迄開催。
*手作り開催で、パンフレットはありません。
*この年は県のコンクールで優勝し、鹿児島での西部大会(当時)に出場しました。連休前の満員の夜行列車に乗り難儀して出場した事も、今では懐かしい思い出です。
西部吹奏楽コンクール パンフ表紙.jpg

西部吹奏楽コンクール 出場写真.jpg
指揮 神代 正之 部員36名 結果 7位(吹奏楽Cデータベース)
課題曲:音楽祭のプレリュード(アルフレッド・リード)
自由曲:バンドのための序曲 (P.W.Whear)*現在では「ベレロフォン序曲」
*首里高校「結果2位」の後10番目に演奏。西部大会には13高校出場、1位は嘉穂高校。

第2回定期演奏会 昭和46年(1971年)5月16日(日) 午後2時 佐賀市民会館
*パンフレット・表紙と内表紙
第2回定演パンフ.jpg
*主催は「佐賀西高等学校吹奏楽部OB会」、在校生とOB会の悲願が実現。広告取り・パンフ・ポスターの作成、印刷所、舞台演出の交渉などなど、全て初めての経験であった。
*定演のチケット。当時入場料100円が演奏会時著作権フリーの上限であった。板垣退助肖像の100円紙幣がまだ普通に使用される、自販機の少ない時代でもあった。
第2回定演 チケット.jpg
■プログラム
1)  指揮 神代 正之
PROUD HERITAGE・・・・・・・・・・・・・・・WILLIAM LATMAN WAPAWEKKA・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ALFRED REED
    指揮 坂井 達己
FUGUE IN G MINOR・・・・・・・・・・・・・・JOHANN S BACH
SINFONIA NOBILISSIMA FOR BAND・・・・・・・ROBERT JAGER
2)  指揮 江上 伊織
LAWRENCE OF ARABIA・・・・・・・・・・・・MAURICE JARRE
赤とんぼ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山田 耕筰
五つ木の子守歌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九州 民謡
こきりこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・富山県民謡
一週間のうた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロシア民謡
おお!ブルネリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スイス民謡
THE SOUND OF THE TIJUANA BRASS
( A Tast of Honey, The Lonely Bull, Tijuana Taxi and El Lobo )
3)  指揮 神代 正之
ELSA'S PROSESSION TO CATHEDRAL FROM "LOHENGRIN" ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・RICHARD WAGNER
SYMPHONY No.5 FINALE・・・・・・・・・・D.SHOSTAKOVICH
第2回定演 集合写真.jpg
*在校生36名・OB会17名、計53名。
第3回定期演奏会 昭和47年(1972年)5月5日(金・祝) 午後2時 佐賀市民会館
*パンフレット・表紙と内表紙
第3回定演パンフ.jpg
*第3回定演・プログラム
第3回定演 プログラム 圧縮.jpg
*第3回の目玉は、ロシアの作曲家モデスト・ペトローヴィチ・ムソルグスキー( Моде?ст Петро?вич Му?соргский)の組曲「展覧会の絵」(原曲はピアノ曲)全曲演奏。
*第3回定演・記念レコード
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第4回定期演奏会 昭和48年(1973年)5月6日(日) 午後2時 佐賀市民会館
*パンフレット・表紙と内表紙
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*第4回定演・プログラム
第4回定演 プログラム.jpg
*パンフの中に当時の部員たちの日常を紹介した一文が載ってます。
■ 練習風景 ■
 特訓最後の日は午後からのたのしい神野公園への遠足
 遊園地での出来事・・・我らのS君は観覧車にのりこみ、一周する間に、西高校歌をみごとさけびちらした、園内の人々の視線はすべてS君の乗った観覧車に注がれていた。私たちは、おりてくる彼を拍手でむかえたけど、観覧車のおばさん曰く「あんた飲んどろ?」我らのS君曰く「大人は飲まなきゃ歌えないけど、高校生はしらふで歌える」だって。おそれいります。
 遊園地を出てインド人の黒ンボ。「インド人の黒ンボ」パットとふり返る。「あんた動いたやんネ」「うんにゃ、動いとらん」「なんてえ、動いたやんネ」とまあこんな感じで、恥も外聞もなく遊びました。隣では、馬乗りがはじまったのです。その中に一人おなごが混じっての大奮闘。
第5回定期演奏会 昭和49年(1974年)5月5日(日) 午後2:30 佐賀市民会館
*パンフレット・表紙とプログラム
第5回定演 プログラム 2.jpg
*この年、指導者が神代先生から江上先生となった。この回のOB会会長のあいさつ文にそのことが触れられています。
 本日はお忙しい中、私どもの演奏会にご来場いただきましてありがとうございます。
第一回を学校の講堂でささやかに開いたことや楽器が足りなくて市内の学校をかけずり回って借り集めたり、チャイムをNHKや久留米のブリジストン工場まで借りに行ったことなどを思い出しますと、今日まで五回にわたりこうして演奏会を開いてこられたのも、ここにご来場の皆様方の温かいご支援の賜物だと感謝したしております。
 今年は、佐高・西高と26年にわたりご指導していただいた神代正之先生が職を退かれました。私達部員OB一同ねぎらいと感謝の意を表しますと共に、今年から新進気鋭の江上耕思先生を迎え新たな気持ちでこの演奏会に取り組んでまいりました。今日の演奏会はそうした神代先生への感謝と江上先生の出発の大音楽会にしようと思います。
 どうか最後までごゆっくりおききください。
佐賀西高等学校吹奏楽部OB会 会長 吉原 敏郎
第6回定期演奏会 昭和50年(1975年)5月4日(日) 午後2時 佐賀市民会館
*パンフレット・表紙とプログラム
第6回定演 プログラム 2.jpg
第6回定演 プログラム 思い出 1.jpg
ー 思い出ーー
 8月10日 佐賀県大会 金賞
 8月23日 夏季遠足(日の隈山)
 9月12日 西高文化祭
10月13日 西部吹奏楽コンクール 銅賞受賞 大分
12月25日 Xmasチャリティーコンサート 市民会館
 2月23日 アンサンブルコンテスト 成章中
 4月 1日 春季遠足 森林公園
ー西部吹奏楽コンクール(大分)ーー
前日 8時45分 西高出発 はよ帰ろうごたっ!
12時30分 練習場着(豊和会館)
ああ、腹減った。はよ!メシにしゅ!
17時30分 旅館(富士観光ホテル)着
さぁ、芸者を呼ぼう!!!
13日 7時 起床
旅館のそばの海岸でロングトーン
客の声「やかましか! やめろ!!」
 9時 練習場着(中島小)
首里高といっしょ。ぐらいした
11時45分 チューニング室
いっちょんあわん。もうこれくらいでよか!
12時 演奏
もう昼とけ、が~んくだらんことして、
はよメシにしゅう。このあと、首里演奏
ぐらいした。あ~あ、はよ帰ろう!
17時30分 大分 発
もう一日とまろうごたっ!!
21時 西高 着
ねぶか~!はよ帰って。クソたれて、にゅう!
ところで成績は・・・・・・・・?
************************* *昭和49年第19回西部大会、課題曲:吹奏楽のためのシンフォニア(小林徹)自由曲:第3組曲(スピアーズ)。23高校が出場し、結果は金賞3・銀賞2・銅賞3(西高)、西高の後に演奏した首里高が代表に選出。(吹奏楽コンクールデータベースより)
*この年、佐高以来の音楽室(部室兼練習場)が新校舎建設ため、取り壊された。[演劇]
 □ □ 付 録 □ □
*第24回西部吹奏楽コンクールに佐賀北高とともに、県代表として出場。
第24回西部吹奏楽コンクール パンフ.jpg
課題曲:幻想曲"幼き日の思い出"(藤田 玄播)
自由曲:シンフォニック・ムーブメント(V.ネリベル)「交響曲的断章」とも表記。
指 揮:江上 耕思 部員:37名 結果:銀賞
2日目8月28日、27校の14番目に登場
↓ YouTube「佐賀西高吹奏楽部第24回西部吹奏楽コンクール課題曲
https://www.youtube.com/watch?v=EjaHmQftPSo
↓ YouTube「佐賀西高吹奏楽部第24回西部吹奏楽コンクール自由曲
https://www.youtube.com/watch?v=JCP3B4wogtk
第24回西部吹奏楽コンクール 半券.jpg
*コメント投稿を待ってます。同窓交流活性化の為、卒業回生数(卒業年)・氏名の明記をお願いします。
福岡栄城会HPでは、同窓からの「思い出エッセイ」を熱烈に呼び掛けております。 高校時代の「部・サークル活動の思い出」など、どしどし投稿ください。
[mail to] eijo.fukuoka@gmail.com

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母校・ファイヤーストーム [トピックス・同窓投稿]

母校ファイヤーストーム 全景.jpg

 台風12号の影響で9月9日(金)に開催が変更となったストームの模様をご紹介します。
 入学時学年男子数は3年生・144名、2年生・128名、1年生・153名であり、およそ400名の雄叫びであった。

*掲載の動画はスマフォ・携帯には対応していません。ご了承ください。

■先ずは校舎を駆ける
母校ファイヤーストーム 校舎を駆ける.jpg

■日没前に、リーダー入場
母校ファイヤーストーム リーダー入場.jpg ■聖火入場
母校ファイヤーストーム 火入れ1.jpg ■ストーム情景
ストーム 情景 1.jpg
■ 薪くべ 投油 ■
給油1.jpg
給油2.jpg
ストーム 火炎 1.jpg
■ 校庭を疾走する
ストーム 情景 4.jpg
ストーム 情景 3.jpg
ストーム 火炎.jpg
闇夜のストーム.jpg
*スマフォのカメラ機能及び撮影者の技量に限界があり、1時間程で撮影は終了!!
■翌日は晴天の体育祭、学校正門風景
体育祭 正門.jpg

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コメント頂きました。 [トピックス・同窓投稿]

当会HPに関東からコメントを頂きましたので、ご紹介いたします。

昭和37年卒・佐高13回生 高島徹
 参議院議員選挙で故郷佐賀から当選された福岡さんの経歴を調べていて、この福岡同窓会のHPの存在を知りました。早速アクセスして拝見すると高校時代過ごした三年間のことが記事に溢れていて懐かしく拝見致しました。
 S37年大学受験のため上京して以来故郷佐賀を離れ、現在北関東の茨城県に住み着きその間中・高校の同窓会に出席する数回帰郷しただけです。
 佐賀高校や城南中学の同級生との交流は東京で続いて今日に至っています。

高島先輩 水彩画 1.jpg
■ 残雪の白馬 ■
 小生は土浦市に在住し趣味の水彩画を楽しむ気ままな日常を過ごしていますが、水彩画のブログを作り作品を掲載しております。
 遥か彼方の北関東で描いている作品を見て頂ければ幸いです。
ご紹介しします。
blog タイトル:「趣味水彩」http://blog.goo.ne.jp/tthimajin1915

稲田禅房西念寺 水彩画.jpg
■ 稲田禅坊 西念寺 ■
追伸、県内には小生以外に37年卒の同級生が3人おられますが、それぞれ元気で第二の人生を過ごして居られます。
これからもこのHPを懐かしく拝見させて頂きたいと思います。

■ 作者のご了解を得ましたので、作品の一部をご紹介します ■

同窓からの作品を募集しています
 絵画・写真など趣味の作品を上記のように、同窓に紹介できます。
投稿先 eijo.fukuoka@gmail.com
*先ずは、佐中・佐高・西高の卒業回生・卒業年・氏名を明記の上、
投稿して頂ける内容(例:写真50枚・カラー)をお知らせください。
HP運営委員会より、改めてメール致します。

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